カテゴリ「自己ベスト」の記事一覧

Twitter(現X)微分論(5) ― ハイデガーのエネルゲイア論と大学(解説Podcast付き)

「Twitter(現X)微分論(4) ― 「オンライン自己」、あるいはTwitter(現X)の〈現在〉の限界とポストモダン」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat40/-twitterx11-twitterx.html からの続き...

Twitter(現X)微分論(4) ― 「オンライン自己」と〈死〉を忘れること、あるいはヘーゲルの「存在しない今」について(解説Podcast付き)

「Twitter(現X)微分論(3) ― 近代と学歴主義の問題、あるいは〈短い時間〉における自由と平等について」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat40/-twitterx6.html からの続き...

Twitter(現X)微分論(3) ― 近代と学歴主義の問題、あるいは〈短い時間〉における自由と平等について(解説Podcast付き)

「Twitter(現X)微分論(2) ― 「Twitter(現X)微分論(1) ― 機能主義、サイバネティクス、フレーム問題、データベース」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat17/twitterx2.html からの続き...

Twitter(現X)微分論(2) ― 因果と環境とデータベースと(解説Podcast付き)

「Twitter(現X)微分論(1) ― 機能主義、サイバネティクス、フレーム問題、データベース」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat40/twitterx1.html からの続き...

Twitter(現X)微分論(1) ― 機能主義、サイバネティクス、フレーム問題、データベース(解説Podcast付き)

Twitter(現X)微分論 ― 機能主義とメディアの現在 ※機能主義とメディアの現在 ー 学校と仕事と社会の新人論(講演) この講演は「知的生産の技術」研究会の定期セミナーに呼ばれてお話ししたものです(2010年12月13日、虎ノ門商工会館)。 知研の八木哲郎前理事長とは、現在の理事長・久恒啓一さんともども長い付き合いで、生涯学習組織の理想的なモデルとでも言うべき活動を行ってきている会です。八木先生が師と仰ぐ梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)自体が「生涯学習」宣言とでも言うべき名著でした。八木先生は梅棹の「知的生産の技術』をまさに〝実践〟されたわけです。そんな会のセミナーに呼ばれて(これで二回目の登壇ですが)、ちょっと張り切りすぎました(笑)。文字起こしは八木先生自身がされて、それに大幅な修正・補筆・註を加えています。見出しは後づけでつけています。内容に前後して重複もありますが、お...

〈教育〉と〈education〉という言葉の語源について

●〈教育〉と〈education〉という言葉の語源について ― (...)特に中曽根臨教審第二次答申(1986年)の第二章には「家庭の教育力の回復」と独立して章があてられ、「(...)教育を学校のみの問題としてとらえがちであったことについて、家庭が反省し自らの役割や責任を自覚することが何よりも重要である」とある。自民党保守派の家族主義が独立した章にあてがわれるほどに臨教審のイデオロギー色は強い。私はこれを臨教審の曾野綾子主義と呼んだことがある。...

デカルトの〈確実性〉からサイバネティクスへ ― 〈人間〉〈動物〉〈機械〉を同一平面で処理する思想の誕生

デカルトが、「われ思う故にわれあり」で発見した〈主観(subject)〉は、ある意味でessentia/existentiaの対立を統合し、存在者の存在は人間の自我となったわけです。すべての存在者は、この自我の表象=対象となった。...

学校教育におけるキャリア教育とは何か ― 本間正人✕芦田宏直対談(『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』出版記念・芳林堂高田馬場支店にて)(解説Podcast付き)

●本間正人さん(1959年8月東京生まれ)の経歴   東京大学文学部社会学科卒業後、松下政経塾第三期生として入塾し、松下幸之助の経営哲学を学ぶ。ミネソタ大学大学院修了(成人教育学博士、Ph.D.;戦略プランニング修士号、Master of Planning取得)。米国Coach University 課程を修了し、国際コーチ連盟(ICF)認定プロフェッショナルコーチ(PCC)資格(日本人初)を取得。 Corporate CoachU International から認定ファシリテーター資格、Case Western Reserve University Weatherhead SchoolからAI(Appreciative Inquiry)Certificate取得。
TOEICは990点満点。 「教育学」を超える「学習学」の提唱者であり、「楽しくて、即、役に立つ」参加型研修の講師としてア...

2026年、元旦。あけましておめでとうございます ― 不在の死と死の不在と。

若い人が将来どんな人物になるのかということには、こころを砕いてきたが、その人物が生きている時間を共有できないというのが、自分が死ぬということだなというのをやっといまわかるようになった。...

「いま言われたことがもし本当なら、何度死んでもいい」というプラトンの言葉(『ソクラテスの弁明』)は、「かくあったか、ではもう一度」というニーチェの言葉に通じている。

死んだ人と、会わない人との違いはなんだろう。古い同級生などは消息不明だが、消息不明の人と死んだ人との違いはなんだろう。関心のない人と死んだ人との違いはなんだろう。アリストテレスに関心はあっても、会えなくて悲しいということはないし、親しい友人ほど会いたくないということもある。これらすべては、生死や実在とは何かという問題に関わっている。 動物も大概の場合、〝抵抗〟しない(反論しない)ことを思えば(動物も抵抗すると思う人は、大概の場合、自分の都合のいい抵抗をそう見なしているだけのこと)、死んでいるのと同じ。沈黙する恋人は、噛みつく犬より怖いに決まっている。 ヘーゲルもまた反抗するのが自意識をもった人間と動植物との違いだとどこかで書いていたが、死んだ(反抗しない)人間と動植物との違いはなんだろう。人は墓石に話しかけるように、犬に話しかけているとしたら。...

【第4版】大学は、〝自分探し〟の場所ではない ― 松山道後新キャンパス総合心理学部新入生歓迎11,500字講話(2025年4月26日)

●大学は、〝自分探し〟の場所ではない。 ※この講話(約90分)は、16枚のパワポスライドを使ってなされました。掲載にあたっては、その場合の箇条書きをそのまま使用しています。行間が読み込みづらいところもあるかと思いますが、ご寛恕を。 大学は、〈他者〉が何を考えているのかを考える場所。「自分」「私」なんて死ぬ直前にふと思うくらいで充分。 ここで言う〈他者〉とは、大学の先生であり、先生が典拠している書物であり、現在までの歴史の全体です。現在そのものが歴史です。 大学の先生がもし立派に見えるとすれば、それはみなさんより書物を読んでいる分だけのこと。それ以外に先生が立派な理由などありません。素の言葉で、自分の言葉で話している先生なんてくそ食らえです。先人の諸々のパワーを継承しているからこそ、先生は立派な人なのです。 勉強するということは、人類が築いてきた文化的な資産(世界と世界史)を、すべて受け継ぐ...

【増補版】一生に一度の披露宴謝辞(親族を代表して)

●最後にして最初の披露宴謝辞 ※当日は流れに身を任せて、と思って話す内容をまとめて原稿にすることはなく、記憶をさぐって一週間かけて自己文字起こししました) 「それでは両家を代表して、新郎のお父様、アシダヒロナオさまより御挨拶でございます」(司会・久富慶子)。 ---------------------------------------- 今日のこの披露宴、最初のつかみの演出がよかっただけで、あとは何というかありがちな演出で、なんだかなぁと(会場・笑)。 先ほどの新婦の、ご両親への言葉も長すぎてつまらないし(新婦から「ひどーい」の悲鳴、吉村崇さんから「言い過ぎだろー」会場・大笑)。...

学校教育における職業教育の諸課題(『シラバス論』351~356頁)

※本間正人さん(京都造形大学教授)との、大激論公開対談(学校教育における〈キャリア教育〉とは何か)からの抜萃。 ●二重の差別を受けてきた「職業教育」 芦田 そういった議論を前に進めるために二点指摘したいことがあります。一つは、本間先生はいま偏差値が上の方の子はキャリア教育はなくてもいいかもしれないという前提(僕もその前提を共有していると指摘されながら)でお話になっていますよね。 僕はこの問題の内部には、実は別の問題があると思います。80年代後半の中曽根臨教審、これは下村博文さん(2012年~2015年の文部科学大臣)や安倍さんが全く同じ方針を引き継いでいますが、基本的にキャリア教育や職業教育に対する差別視がある。 つまり、一方にはジェネラル・エデュケーションとリベラル・アーツというこれまでの偏差値型の軸が一本あって、今の日本の教育体系ではこれを「頭がいい」と判断します。そこで、本間さんもお...

学歴主義と最新学習歴主義(Learnology)について(『シラバス論 』371~378頁)

※本間正人さん(京都造形大学教授)との、大激論公開対談(学校教育における〈キャリア教育〉とは何か)からの抜萃。 本間 僕は「学習学Learnology」というのを提唱していて、「最終学歴」という言葉を死語にすることが目標です。ここも、芦田先生とは違うところだと思いますけどね。「最新学習歴」が大切になってくると思う。 この大学、この学校を出たら学位が出ますというのは、現状、文科省の便宜上の形式的な取り決めに過ぎません。例えば僕らの話を聞いても、学位が出るわけじゃないですね。しかし何かそこで気づきがあり、何かそこで学びがあれば、最新学習歴を更新したことにはなっている。 やっぱり最終学歴という考え方は、教育学習のチャンスが社会的に極めて少ない資源で、かつ学校とかにフルタイムで所属しないと、なかなか知識や技能を身につけることができない社会では一定の意味があったのかもしれない。しかし今は自ら学ぼうと...

ver.2.0「シラバス論」序文 ― シラバス論が書かれなければならなかった四つの理由について

今年の11月刊行予定の書籍の「序文」ができあがりました(少し序文も長くなりました)。あとは、後書きだけです。 ※なお文中に表れる(●●●●●●)といった表記は、その直前の語句に降られる傍点を意味します。●の数はその直前に傍点が振られる語数と対応してます。ブログでは傍点を打つ機能がないのでこうなります。あしからず。 -------------- ●まえがきにかえて ― シラバス論が書かれなければならなかった四つの理由について 「シラバス論」。奇妙なタイトルを付けてしまったが、文字通りこの本は、「シラバスとはなにか」ということに一六〇,〇〇〇字(昔ふうに400字原稿用紙枚数で言うなら四〇〇枚)も書き込んでいる。たぶんこんなタイトルの本は、この本の前にも後にも出てこないだろう。それでも、この本については、「シラバス論」以外のタイトルは思いつかなかった。出版社が渋ってもゆずれない思いで、このタイト...

シラバスとは何か(2) ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.20.0

※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで137000文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約342枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。 この「シラバス論は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【1(第1章~第3章)】と【2(第4章~第5章)】に分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打っています。この形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。よろ...

シラバスとは何か(1) ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.20.0

※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで137000文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約342枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。 なお、この記事は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【1】と【2】に分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打っています。この形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。よろしくお願いします。→大学カテゴリーラン...

【註】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.5.0

【註】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか  この記事の本文を含む全体は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなったためのやむなしの(本文との)分離掲載です。加筆分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせずフォローしていただいた読者のために、【本文】と【註】を分けて無限に加筆掲載できるようにしました。両者に【註】の通し番号を打ち照合できるようにしています。その形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。本文(http://www.ashida.info/blog/2019/05/post_444.html#more)と合わせてお読みください。この註だけで50,000字前後あります。註+本文で122,000字くらいです。根気よくお読みください。二ヶ月で1200...

【本文版】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか(ver.750.0)

シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか ※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで120,355文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約300枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。 なお、この記事は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【本文】と【註】を分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打ち照合できるようにしています。その形で両者とも出...

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