BLOG『芦田の毎日』について

私がこのBLOG『芦田の毎日』を始めるきっかけは、拙著『努力する人間になってはいけない - 学校と仕事と社会の新人論』(2013)の「まえがきに代えて」(19頁~)に詳しい。ちょっと長くなるが以下引用してみる。


(......)もともと私がブログを始めたのは、1995年に私が学内にロータスノーツを入れたことが機縁になった。学生すべて+教職員すべてをノーツクライアントにしたのが1995年だから、全国の(大学を含めた)学校の中ではグループウェア導入の最初の組織的事例だったと思う。まだ高速LAN 規格も決まっておらず、「イントラネット」という言葉がやっと出回り始めた頃の話だ(当時ITOKIなどは「内部インターネット」という言い方をしていた)。

1995年に全教室定員数の「情報コンセント」(懐かしい言葉!)が存在しているというのも日本で最初の校舎設計だったと思う。サーバーですべての授業のシラバス・コマシラバス、および教材テキストを管理したかったのだが、当時テキストデータベースとしてはノーツが最良のものだった(全記事、全文フルテキスト検索ができるものは当時ノーツしかなかった)。

そのノーツの全学掲示板に、グループウェア活性化の演出も含めて日々書き込んでいたが、まだグループウェア掲示板に何を書き込めばいいのかわからない教職員から、「芦田さんの書き込みは管理職のくせに私事が多すぎて公私混同している」という風評が出回り始めた(いまなら笑い事で済ませられるが)。その風評は大学時代の恩師の追悼記事を書き込んだときに頂点に達した。ネット時代の〝公私〟とはなかなか難しいものだというのがそのときの私の印象だった。それはいまでも何も解決していない。

Twitter(現X)のように秒刻みで私事を〝公表〟するメディアが登場しているいま、その問題はもっと複雑なものになっている。論文にも教育にも関心のない暇な大学教授や仕事の少ない小企業の社長が空虚な〝オフィスアワー〟で〝公〟を交えてツイートするのもいまでは慣例に近いものとなりつつある。現代の掲示板とも言えるTwitter(現X)では公私共々偽装する傾向があるが、それは意識的なものばかりではない。旧来の公私の概念が崩壊しつつあるということだ。

そういった事態の萌芽とも言える掲示板騒動を10年以上前に経験して、私は学内掲示板への記事アップを当分差し控えることにした。その結果が私のBLOG『芦田の毎日』だった。

それもあって、私のBLOGはほとんどすべてのものが仕事場の諸問題に関わって形成されたものとも言える。単なる学内掲示にとどまらなかったという意味では、内閉的になりがちな「学内」文章も少しはまともなものになったのかもしれない。

ブログで私が確かめようとしたのは、トークと書き言葉、私的な文体と公的な文体との接点だった。「公的な」とここで私が言うのは、20代~40代前半までの(〈哲学〉学究時代の「論文」、ストックの文体のことだ(一部は拙者『書物の時間』1989年刊にまとめられている)。

私の仕事をいまでも支えているのはほとんどすべてこの時期に形成された思考だが、哲学論文の概念思考ばかりでは40代、50代以降の組織の思考を形成することはなかなか難しい。それは会社組織はもちろんのこと、大学を含めた〈学校〉組織でも同じことだった。

学究上の論文は長い溜めを待ってくれるが(最近ではそうとも言えず一年単位で論文業績を求められる即席ラーメンのような論文が増えているが)、組織文書では日常的に巻き起こる案件に引きずられた文体を強いられる。孤高を保つか、疲弊し続けるか。それとも両者の境界を同時に乗り越えることができるような文体を形成するか、そんなことが本当にできるのか、それが、私がブログに込めた思いだった。

昨年亡くなった吉本隆明は、中期以前の太宰治の文体を許して〈構成的な話体〉と言ったことがある。「太宰のばあい自己の〈私〉意識の解体が意識されればされるほど話体表現は風化や横すべりに走らずにかえって構成的になるという逆説がはじめて成立した」(『言語にとって美とはなにか』)というものだ。あと一歩外れると通俗に堕してしまう太宰の文体の彩をこんなふうにえぐった評論に当時高校生の私は衝撃を受けたが、その本来の意味については長い間わからないままだった。

インプットとアウトプットとが同時に生じるネットの文章を書き続けていると、吉本が〈表現転移論〉でやろうとしたことの意味がよくわかる。フロー(話体)に文体がずーっと晒され続けるからだ。これは読者の多少を問わない。書き手の質も問題ではない。まさに話体を構成的に形成できるかどうかに関わっている。

ネットの書き手はいつでも「風化や横すべり」に晒されている。特にブログは制限のない長文というフローを出現させたし、Twitter(現X)では開き直った短文が大手を振って公共化された。「3・11では大いに役立った」「無名の者が一気に多数を獲得できるまったく新しいメディア」というように。

吉本が(大宰を)芥川よりも重要だとまで言って、守ろうとした文体の質 ―「話体表出の方法」と吉本は言っていたが ― はどこへ行ったのだろう。

この本の文体が、概念展開でもない、講演・講義録でもない、そしてプログの文体でもないとすれば、「話体表出の方法」に私が少しはこだわったからかもしれない。

もちろん「話体表出の方法」というのは、吉本が言語の〈像〉、「大葉の原像」(を知識の課題の中に「繰り込む」と呼んだものに関わっており、彼のキー概念である指示表出と自己表出との交点の課題でもある。私が少しくらいこだわったところで思いが叶うものではないことは私自身が一番わかっている。

一方で「話体表出の方法」にこだわった吉本がいる。一方で秒刻みに根こそぎ「話体表出の方法」を解体するTwitter(現X) ― 一つ一つの秒刻みの「つぶやき」にまでアドレスが存在するという情報化 ― が存在している。私の試み自体はどんなに脆弱でも、この事情がどうなっているのかに関心を持たないわけにはいかない。

私がこの本をまとめる気になった動機はそんなところだが、ヘーゲルは、前書き(Vortede)はもともと余分なものだと何度も繰り返していた。動機は〈本文〉の中にこそあるからだ。本文から離れた動機など存在しない。前書きなどはほとんどウソかもしれない。確かにそうだが、しかし、ヘーゲルほど序文が好きな哲学者はいなかった。ドイツ本国では「ヘーゲル序文集』という本まで出ているくらいだ。

前書きは、出版社や編集者から言えば読者と本文とをつなぐ架け橋なのだろうが、自分で架け橋を作る著者というのもおかしなものだ。架け橋自体も〈本文〉の構成の役目だろうからである。それに前書きだけで、前書きを読んだからこそ、そこで〈本文〉へと進むのを止める読者も多いに違いない。そうなると架け橋もまた、単なる本の体裁にすぎない。結局、どんなに理屈をつけても前書きが存在する理由などない。

「でもねぇ」と言う著者がそこにいる。終わったときにこそ、人は何か一言言いたくなるものだ。

終えたいという気持ちと続けたいという気持ちの表れが、前書きへと人を浮力のように誘う。生きることの余分、生死の余分のように前書きが存在している。ヘーゲルのように体系的な美を求めた哲学者でさえそうだった。よーく考えてみれば、吉本の言った「話体表出の方法」とは〈体系〉に出入りする過剰 ー ハイデガーの言う「傍ら(an)」にあるものとしての予感(Ahnen) を組織することだったのかもしれない。そのことにこの本が成功しているかどうかは、私よりほとんどの人が若いであろうこの本の読者たちに委ねるしかない。
※以上「まえがきにかえて」in『努力する人間になってはいけない - 学校と仕事と社会の新人論』より

1999年からこのBLOG『芦田の毎日』は開始されたが、それは折しもドコモのi-modeが登場した年だった。特別な設定をせずに誰でもがインターネットに接続できた最初の情報機器だった。i-modeでは、なんと携帯電話番号が同時にアドレスとして存在したのである。

ここで私が1995年(Windows95元年)のグループウエア体験で味わった出来事が日常的な個人の出来事にもなった。公私の境界が危うい時代に突入したその時代のBLOGが、この『芦田の毎日』です。

今回(2026年一月)、約4半世紀続いた『芦田の毎日』(http://www.ashida.info/blog/)を全面的にリニューアルしました。旧版は学生が作ってくれましたが、さすがに私の顔写真(55歳の時の写真)も若すぎ、記事カテゴリーは古くなりすぎてしまったので、一新しました。今年の8月で72歳を迎える私があとどれくらい記事を書き込めるかわかりませんが、私には、MIXI、Twitter(現X)、Facebook、Instagramより愛着のあるBLOGになりました。今後ともよろしくお願いします。

2026年1月29日 寒波激しい品川・御殿山にて

※解説Podcast付き→https://open.spotify.com/episode/6HjU1ms2afVq9T5kQeUQQj?si=YufCtzXQRYqzbJ8Bsb634w