2005年2月11日 23:56
社会・政治・思想
要するに、車椅子は車椅子。格好いいも悪いもない。ちょうど単なるワゴン車にすぎないのに、「俺の車はレガシー(http://www.subaru.co.jp/legacy/index.html)」とか言って威張ってもしようがない。 家内は、あまり車椅子に関心がない。わかる気がする。こんなものをうれしそうに選ぶ方がおかしい。それは自動車を買うのとはわけが違う。 だから、格好のいい車椅子を選ぶというのは、もっと動機が不純。むしろそれは「不自由である」ことのコンプレックスを裏返しに強化するだけのことなのだ。 その意味では、車椅子は格好悪い方がいいのかもしれない。裸の王様が「はだかだよ」と言われるように、レガシーはワゴンだよ、と言われるように、車椅子もあんなものには乗りたくないね、と言われるべきだ。格好いいレガシーや格好いい車椅子というのは、自分自身をごまかす方便にすぎない。 格好いいレガシーに乗りた...
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2005年2月10日 00:02
社会・政治・思想
家内の(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=124)車椅子を物色していたのだが、なかなか気に入ったものが見つからず苦労していた。最初に気に入ったのが、ドイツマイラ社(http://www.meyra.de/_perl/main.pl)の車椅子(http://www.e510.jp/upload/541/image05A-02.jpg)。...
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2005年1月24日 08:33
社会・政治・思想
,自己ベスト
「先日の『芦田の毎日』を読んで(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=407.124.71)、智美さん(私の家内の名前:註・芦田)の現状を知ることができました。わたしのお師匠さんが舌ガンを患って、それこそ東京女子医大で手術を受け、舌の一部を切り取りました。そして退院後にお会いしたら、「病気はギフトよ」と笑いながら言われました。そのことを何度も思い出しながら、智美さんは、病気というギフトを受け入れて、それを芦田さんや太郎さんに見せておられる、と思いました。なんという大きな愛だろうか、と深く思います。病気というギフトのおかげで、芦田さんの思考が深くなっている。まなざしが微妙なところまで行き届くようになっている、ような気がします」。...
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2005年1月19日 23:57
社会・政治・思想
たとえば、学校のような教育組織で言えば、学生(在校生)の評判は決定的だ。マーケットの学校への評判は、場合によっては営業力や広報力などの大小が評判の真偽決定を(特に短期的には)複雑なものにしている場合があるが、在校生が「この学校はよくない」「この先生はよくない」などと言われて(思われて)しまったらもうおしまい。これには言い訳が効かない(ちなみに、我が学校の「学生満足度調査」最新版の問い「この学校へ来てよかったと思いますか」というアンケートには82.0%の在校生が「来てよかったと思う」と答えてくれている。私が校長になった年の満足度数値は60.1%、以来3年間で82.0%になった)。 ところがそうではない場合も多々ある。通常、「この先生はよくない」などと一斉に学生が思うことなどあり得ない。人間の評価はそう単純ではない。学生の間でも、そんな話は個別には花が咲くが、「でも俺は悪くないと思うよ」と言う...
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2005年1月18日 08:34
社会・政治・思想
NHKの報道検閲の問題が広がっているが、ふざけた話だ。要するに〈作品〉と〈仕事〉に喚起力がなかっただけのことなのに、それを検閲問題にすり替えている。どんな仕事もさまざまな抑圧の中でなされている。毎回それを取り払いながら仕事はなされている。 上長が仕事を認めないのは、上長がバカなのではなくて、バカな上長を納得させられない自分の仕事の貧相さそのものにある。それだけのことだ。表現の自由を侵犯する、などというが、どんな仕事上の抑圧もほとんど法律以前、ライン外(会議決定外)のところで起こっている。 ライン決定というのは、仕事を取り巻く抑圧の中でごく一部のことだ。すべてはそれ以前にほとんど決着している。毎日が決断の日々だからだ。毎日がどちらを選択しても正しい、どちらを選択しても間違っている、それを決断しなければならない日々だからだ。法律からも会議からも支援のない決断や抑圧の方がはるかに多い。「政治の介...
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2005年1月16日 23:57
家族・子育て論
,日常
,社会・政治・思想
微少な虫の音が聞こえるか聞こえないか、微少な雨音が聞こえるか聞こえないかが、「人生に影響を与える」(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=408)というのは大げさじゃないの? と返事をいただいた方が何人かおられたが、大げさではない。デープスペクターという変な外人がいるが、彼なんかは、もっている日本語の語彙や知識ではかなりのものだと思うが、発音(イントネーション)はいつまで経ってもアグネスチャンか欧陽菲菲なみだ。たぶん死ぬまであれ以上に日本語は上達しない。一方で日経サテライトニュースに出てくるエコノミストで、2,3年くらいの日本滞在にもかかわらず、達者な日本語をしゃべれる人もいる。これは明らかに耳の問題だ。しかも本人の努力や能力の問題ではない。デープのもともとの耳がダメなのだ。たぶん幼児期の聴覚環境の問題なのである。 私の経験での印象的な話もあ...
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2005年1月15日 23:43
日常
,社会・政治・思想
,自己ベスト
家内の病気(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=124)のために、私が“代わり”にやっていることは、何も炊事(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=321)や掃除(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=380)ばかりではない。金魚の餌やり(水槽掃除)とテラスの植栽の水やりも私の“仕事”だ。...
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2005年1月14日 08:46
社会・政治・思想
高瀬先生から深夜のメールが届きました。 気になって、念のために帰宅早々「芦田の毎日」を拝読させて頂いたら、 案の定、実名入りで私が登場していました(笑、せめて伏字で書いて下さい)。 実際には、 (1)最近の超高層マンションはRCで、戸境壁もRC、若しくはALC(Autoclaved Lightweight Concrete:高温高圧蒸気養生軽量気泡コンクリート、http://www.asahikasei-kenzai.com/akk/hebel/profile/tokucho/index.htm)ですし、また、 (2)私はもう少し石こうボードを擁護するニュアンスで発言したと思いますが、本題は記事の後半部分でしょうから、異議は申し上げません。(後半部分は、大変参考になるお話で、勉強になりました。) ただ、石こうボード屋さんの意地も見てあげて下さい。 吉野石膏の「タイガードリーミィ」シリーズは...
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2005年1月14日 00:14
日常
,社会・政治・思想
今日は、建築工学科(http://www.tera-house.ac.jp/course/construction/engineer/index.html)の高瀬先生(先のリンク箇所の真ん中の写真の青いジージャン・ジーパンを身につけているのが高瀬先生)をつかまえて、面白い話ができた。 なぜか超高層マンションの話になって、私が、「超高層マンションの苦情って、どんなものがあるか知ってる? 実は、高層階ほど戸境壁が薄くて隣の音が聞こえやすいのよ」(私) 「なるほどたしかに超高層の戸境壁は、通常のマンションのようにコンクリート造ではなくて、石膏ボードですからね。でも、超高層用の特殊な石膏ボードで、防音性能も悪くはないはずですよ」(高瀬)。 「いやいや、そんなふうに販売業者は説明するけれども、実はウソで、たとえば、通常の12階建てくらいのマンションから“(眺望のすばらしい)憧れの超高層”で、引っ越し...
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2005年1月10日 02:38
日常
,社会・政治・思想
何度も言っているが、最近騒がれている“次世代”記録メディア、ブルーレイディスク(http://www.keyman.or.jp/search/a_30000184_1.html?vos=nkeyadww00000001)やHD-DVD(http://e-words.jp/w/HD20DVD.html)には、もう一つ肩入れする気が起こらない。一番の不満は、ハイビジョン放送で流される4時間15分の『紅白歌合戦』をどちらも丸々録画できないからだ。 D-VHS(http://www.jvc-victor.co.jp/video/dvhs/hm-dhx1/index.html)なら、(安い値段でhttp://www.kakaku.com/prdsearch/detail.asp?ItemCD=203080&MakerCD=83&Product=HM%2DDHX1#ShopRankin...
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2005年1月 6日 23:00
社会・政治・思想
今日は、学校の仕事始め。早速、例の理想科学の尾中さん(たち)http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=399.397.2 が「新年のご挨拶」とやらに来ていたが、まだ例のホームページが直っていない(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=400.397.3)。 外注している業者に、その件を聞いたら、なにやら「フレーム」という技術を使っていて、「更新のしやすさ」がそのメリットらしい。 何のことはない。一々の頁にアドレスを振っていたら、商品が変わるたびにアドレスをふり直さなければならないから邪魔くさい、というだけのことである。「更新のしやすさ」とはユーザー側に立った者の「理由」ではなくて、単に業者の都合にすぎない。そもそも「フレーム」なんて技術はもはや過去の技術だ。 もう一度言いますが、ホームページはすべて...
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2004年12月30日 22:55
社会・政治・思想
本日は、主に本の整理。約200冊くらいの本の移動を行い、100冊くらいの雑誌を捨てた。 次には家内の洋服の処分。ほとんど捨てた。置いておくと“形見”になるとまずいので、「元気になったら、すべて買い直してやるから」と説得してすべて処分。それでも息子が「捨てていいの?」と何度も家内に確認していたようだが、そんなことは本人に内緒でやったほうがいい。掃除とは捨て去ることなり。 今日の最後はリビングのじゅうたん掃除。最近何度も思うのだが、「大掃除」の定義を思いついた。それは、ものをいかにたくさん“動かす(どける)”かだ。椅子を動かす、テーブルを動かす、テーブルの上に置いてあるものを動かす、テレビを動かす、スピーカーを動かす、アンプを動かす、CDやDVDを動かす、書籍類を動かす、人形や置物を動かすなどなど、そうやってそのつどの掃除の対象を丸裸にすることが、「大掃除」の定義だ。 みなさん、今日はどれだけ...
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2004年12月24日 00:04
社会・政治・思想
私の母などは人からは信心深いと思われているが、手を合わせながら「お願い」ばかり続けている。息子の私が「親孝行でありますように」とか、息子の私に季節の食べ物を送ったら「ありがとう」の電話の一つくらいかけてくるように、とか、いちいちうるさい。私は彼女から物が送られてくると、たまには「電話を下さい」というシグナルだと思っている(それがわかっていてもなかなか電話をできないが)。だから、本当は受け取らないほうがいい。 本当の贈答とは、感謝を期待しないことだろうが、彼女の贈り物は、したがって贈り物ではない。自分の(不肖の)息子に電話を期待するというのはまだまだ煩悩が深い。しかし母の煩悩は、生命力そのものだ。人間、煩悩がなくなれば、生きていけない。煩悩に高尚な煩悩、欲深い煩悩なんて区別があるわけがない。 本来の信心は、反生命的なものだ。生きることとは何の関係もないし、ましてや「良く生きる」こととは何の関...
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2004年12月23日 12:53
社会・政治・思想
不登校の中学生が57日間で四国遍路の旅を体験して、「学校へ行きたくなったらしい」。 お昼のテレビで伝えていた。しかしそのナレーションの言葉の一部に引っかかった。四国遍路を旅(巡礼)すると「煩悩が消えて願いが叶う」とのこと。そんなバカなことがあるわけがない。そもそも「煩悩」が消えれば、「願い」も消えるに決まっている。「煩悩」ではない「願い」なんてあるわけがない(だからその意味ではたしかに「願い」は「叶う」)。そもそも神仏にお願いをするということ自体が神仏をバカにしている。それは細木数子(http://www.6sei.net/pc/index.html)と神仏を同じレベルで扱うことにほかならない。 神仏の前で「願う」ことがあるとすれば、「あなた(神仏)の裁定をなすがままに受け入れます」ということでしかない。だから合掌するということは、大変な決意がいる。それは、それ自体が煩悩を消す行為なのだ。...
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2004年12月 6日 23:11
社会・政治・思想
要するに、死ぬということは、日常的なことだ、ということだ。それ以外に、私の本意も、そしてハイデガーの本意もない(多くのハイデガー研究者は、その点を理解していないが)。...
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2004年12月 4日 19:12
家族・子育て論
,日常
,社会・政治・思想
,自己ベスト
人間が死ぬということは、不思議なことだ。不治の病で10才くらいのときに死を宣告された少女でも50才、60才まで生きていることもある(あるいは「不治の病」を宣告されたからこそ、カラダに気遣うノウハウを知り(別の)病気にかからず長生きできたのかもしれない)。その10才の時同級生であった友達が30才でガンにかかって死ぬこともあれば、交通事故で突然20才で死ぬこともある。死に不馴れな友達の死の方がはるかに残酷な場合はいくらでもある。...
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2004年10月25日 13:58
日常
,社会・政治・思想
,自己ベスト
今日は久しぶりに朝礼の当番が回ってきました。話したことをメモにして残しておきました。以下はその簡単なメモです。文章にはなっていませんが、意味は分かると思います。...
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2004年10月10日 23:38
哲学・形而上学
,社会・政治・思想
デリダ(http://www.asahi.com/obituaries/update/1010/001.html)が死んだというのを(http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__yomiuri_20041009i513.htm)、私の大学時代(立正大学で教えていた頃)の教え子から早朝メール(先生、9日夜にデリダが亡くなりましたね。74歳。まだ若いです。膵臓がんだそうです。(仏語のソースを読んだだけなので、間違えていたらすみません)。〈脱構築〉の概念を最初に教わったのは、芦田先生の授業だったかと思います。デリダのテクストは難解でした… )が来て知った。...
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2004年10月10日 06:52
社会・政治・思想
デリダが死んだ(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041010-00000001-mai-peo)。ちょっと動揺しています。 何か書いてみようと思います。...
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2004年10月 9日 19:03
社会・政治・思想
台風がやってくる。交通機関が途絶えたり、大渋滞が起こったり、小事件は絶えない。駅や空港で足止めされ、掲示板にじっと見入る人たち、水陸両用車のように走り続けようとしている車、「オレンジの河」のような渋滞路、そういった風景がテレビに映し出されるたびに思うことがある。高校生か20前後の若いカップルの、初めてのデートの日が今日の台風の日に重なり、家族に「なんでこんな台風の日に外出するのよ?」と言われながら、たしかに、と心の中では思いつつも、わけのわからない理由をつけて家を飛び出てほっとしている若者たちがきっといるに違いない。家を出るには出たが、デート先で帰る電車がない。渋滞して(あるいは通行禁止で)、“門限”が迫る。土砂降りの雨や強い風、暗闇の殺気など全く気にならないくらいに心は熱いのに、急に不良になったような罪悪感が全身を襲う。今日もどれだけの若い恋人たちが、胸騒ぎの家族脱出、胸騒ぎの帰路を体験...
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