カテゴリ「これからの専門学校」の記事一覧

校長の仕事(22) ― 就職活動、出陣の言葉(できるだけ大きな企業を目指しなさい)

先々週の金曜日(就職プログラムの期間)は久しぶりにWEBプログラミング科の学生の前で話しをした。春のフレッシュマンキャンプ以来だ(http://www.ashida.info/blog/2007/04/post_201.html)。...

校長の仕事(21) ― デザインとは何か(意味を見る)

4月10日~11日まで、恒例の新入生フレッシュマンキャンプを代々木オリンピックセンターで行ってきた。昨年も即興の飛び入り特別講義をやったが(http://www.ashida.info/blog/2006/04/post_142.html)、今年は最初から、30分くらいは話させてよ、と科長さんたちに頼んで特別講義。...

何を学校「評価」と言うのか ― 大学評価と専門学校評価との違いについて

これまで、「自己点検・評価」「第三者評価」について各地・各所でさんざんしゃべってきたが(数えてみたら2002年から14回、講演・研修で講師を務めてきたが)、一度、全体的にまとめてみようと、夏休みを返上してレポートを(Q&A調で)仕上げた。参考にしてみて下さい。ただし長いですよ(400字詰め原稿用紙で80枚近くあります)。...

校長の仕事(20) ― 新入生フレッシュマンキャンプ( コンピュータの本質、建築の本質、オリンピックセンターの建築・写真付き)

今週は日曜日の早朝から始まった。毎年恒例の新入生フレッシュマンキャンプ。一度八王子の大学セミナーハウスで行ったが(http://www.ashida.info/blog/2003/04/hamaenco_3_46.html)、通常は代々木公園に隣接する(http://www.tmamt.or.jp/yotei/map/6.htm)国立オリンピック記念青少年総合センター(http://nyc.niye.go.jp/)で行っている。...

校長の仕事(19) ― 建築学はどこまで思考するのか(写真付き)

今日は、建築工学科の学生の「卒業制作」発表会に半日以上つき合った。忙しい2月3月だが、卒業生の発表とあっては無視することもできない。特に建築工学科はわが校唯一の3年制の科。大学との競争が激化しつつある今、3年制の建築工学科がどこまで人材を形成できるかは、専門学校の可能性自体を占う試金石でもある。...

校長の仕事(18) ― 建築と構造力学

12日の火曜日は、建築科1年のT先生の「構造力学」の授業をのぞいて気になったことがあった。彼は、「君たちは設計、設計と言って、格好のいいものばかり建てたがり、構造力学を勉強するのを嫌がるけれども、今日は構造力学がいかに建築にとって大切なものなのかを理解して欲しい」と言って、授業を開始した。...

校長の仕事(17) ― ユニバーサルデザインとは何か?

今日は、職員室に立ち寄ったときに、建築工学科の高瀬先生(施工)、小林先生(福祉住環境)、建築科の鈴木先生(設計)と、ユニバーサルデザインについての話になった。高瀬先生が「あの話は本当ですか」と切り出した。「あの話って?」と私。「音が出ないって」(高瀬)。「そうなのよ。本当なんだよ」。例のオーディオ騒動(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=371)のことだった。...

校長の仕事(16) ― 「美の根源は自然の中にある」

金曜日の一時限目の授業で、「美の根源は、自然の中にある」なんてことがサブテキストに書いてある授業に出会った。WEBデザイン科の授業だった。 本当かよ? と思いながら少し聞いていたが、もうその箇所は通り過ぎていて、「美は何も高級な芸術や美術館にあるだけではなく、普段の街中のあらゆるところに潜んでいる。ちょっと君たちが注意をすればいくらでも発見できる」としごくまっとうな話に進んでいた(これは先の「自然の中にある」というテーゼと実は矛盾しているが)。 しかし、「美の根源は、自然の中にある」は気にくわない。それは、私はそう思わない、という意味で気にくわないというのではない。美とは何か、というのは美術館の“高級な”美であれ、普段の美であれ(どちらも同じ「美である」ことに変わりはない)、長い間、問われ続けてきた問いだからだ。だから当然のこと諸説紛々。「自然の中にある」なんて、単に一つの意見にすぎない。...

校長の仕事(15) ― わが学園祭を評価する

今日・明日は、わが東京工科専門学校(http://www.tera-house.ac.jp/index.html)の学園祭。車で今日都内を走っていてもたくさんの「学園祭」風景が飛び込んできた。以下は今日一日目の感想。 1)館内表示、教室案内、作品案内が杜撰 ①各階のエレベータを降りたスペースに表示板がない。だから何科のフロアなのか教室の中にはいるまでわからない。 ②さらにフロア内の教室の入り口に科や学年の表示板(案内)がない。教室の中に入って作品展示を見るまでは科、学年がわからない。 ③教室内の待機学生(作品の説明係)が貧弱。ひとりも学生のいない科がある(そちらの方が多かった)。その割に展示のない部屋にダラダラと学生がたむろしている光景を多数見た。 ④教室誘導が唯一優れていたのは3Dデザイン科(6階フロア)だったが、教室内が3D映像大画面投射を中心に構成されていたため教室内が暗く、少し排他...

カリキュラム・シラバス改革の幻想と授業評価

今回、ひょんなことから関西にある『私学経営研究会』(http://www.sikeiken.jp/)の的場さんという事務局の方から突然原稿依頼があり、同研究会の『私学経営』という雑誌の原稿を書くことになりました(タイトルは「カリキュラム・シラバス改革の幻想と授業評価」)。...

校長の仕事(14) ― わが学園の〈授業評価〉続編

もちろん、われわれの授業評価(AG評価)は終着点なのではない(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=297)。不合格者をどうするのかという課題は依然として残ったまま。G評価だった、と結果を公表するだけでは何もしたことにならない。そのため〈AG評価〉とは別に〈課題発生評価〉を行っています。 これは、みずからの授業の“犠牲者”でもある不合格学生に対するフォローをどうすすめたかをはかる体制です。 学校の負の要素の最大のものは、退学。これは、もっとも強い形で在学生から学校体制全体を批判された形態です。次には、長期欠席→欠席と続きます。欠席は退学の日常的な形態です。欠席要因の最大のものは、「授業がわからない」ということ。学校関係者はこんな当たり前のことをこれまでなかなか認めませんでした。「退学」も「欠席」もほとんどが学生の個人的事情を前面化させて、校側...

校長の仕事(13) ― わが学園の〈授業評価〉大公開。

この4月、5月から、私は、新1年生の授業を各科すべて一コマ(90分)だけ担当させてもらった。建築科、建築工学科、インテリア科、インターネットプログラミング科、WEBデザイン科の5科だ。5月18日で、最後の建築科が終わり、私の新1年生行脚も終わった。これは今年から各科長に特にそうさせてもらった。1年生の各クラスの雰囲気を知っておいた方がいいと思ったからだ。 講義内容は、情報リテラシの一部。特にテッドネルソンが「ハイパーテキスト」論を70年代に打ち上げた頃の熱気が伝わればいいと思って、その話を中心に講義をすすめた。あとは付録として、ワードとパワーポイントを結ぶ機能である「アウトラインプロセッサ」の使い方を、特にハイパーリンクやKJ法との関係で話してみた。 反応はまちまちだったが、私の授業の「授業評価」はさんざんで、「E評価」、「F評価」、「G評価」にしかならない。 我が学園は、一コマ(=90分...

校長の仕事(12) ― 〈講評〉というデザイン教育の問題点

 デザインの授業では、よく作品講評が行われる。というより、作品講評はほとんど授業そのものでもある。 それぞれの学生に、(たとえば)手のデッサンなどをさせながら、教員が必要に応じて講評を行う。そういった講評を何回か(或いは何度も)経ながら、作品ができあがっていく。講評は、そのデザインの授業では指導の中心である。...

校長の仕事 Part11 ― 思考力と製図力

今週から先週にかけて、建築系の授業で思うことがあった。 ○「100?の木造住宅のパターン演習」(建築工学科1年 綾先生の授業) ○「RC集合住宅の基本設計」(建築科2年 鈴木先生の授業) たとえば「設計実習」の授業で、建築条件を与えて図面を描かせる授業があった。簡略化して言えば(これより条件設定ははるかに多いが)、40歳代の夫婦に、高校生以下の二人の子供、4LDKで敷地面積30坪の家(建ぺい率100%)、西向きが公道面で、南、北、東は隣家が近接という条件で設計してみなさい、というふうに。 こういった授業は建築系ではありふれたものだ。先の建築条件もありふれたものだが、いざ実際の図面に落とすとなるとかなりの時間がかかることになる。90分授業で10コマ以上は必要だ。最初にエスキース(スケッチ)作成の時間が存在しているから時間はさらに長くなる。こうやって、建築系の学生は大小含めて卒業までに3〜10...

校長の仕事 Part10 ― 〈粗利〉と〈純利〉

 先週(の授業評価のメモから)、建築工学科の高瀬先生の授業を覗いていたら、「粗利」と「純利」の話をしていた。「粗利」は、顧客との契約額(売上額)から現場でかかる経費(人件費も含めて)のすべてを差し引いたもの、「純利」はその売り上げを上げるのにかかった経費のすべて(「本社」のコストなど)を勘案した利益という言い方で説明しようとしていた。面白い話をしているな、と思いながら聞いていたが、これ以上突っ込んだ話を高瀬先生はしなかった(大いに不満が残った)。よほどその場で質問してやろうかな、と思ったが我慢した。以前授業中に突っ込んで先生を怒らせてしまい、次の週から来なくなった先生がいたから(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=151)、今回は我慢した。後で高瀬先生に聞いたら、「経常利益」、「営業利益」、「キャッシュフロー」などの話は「先週話しておきまし...

校長の仕事 Part9 ― 作品批評という授業スタイル

一人一人の作品を授業の中で通観しながらの作品批評という授業形式には、処理しなければならない要点がいくつかある(事例・教材研究が終わっているとして)。3D科の藤井先生の授業(「DTPレイアウト」)を見ていて思いつくことがいくつかあった。...

校長の仕事 Part8 ― 教科書内の図版の説明

 本日(9月19日)の授業。インテリア科の斉藤先生の授業(「人間工学」という科目の「人間工学のインテリア計画への応用」というコマ目標授業)と建築工学科(「集合住宅の基本設計」という科目の「各部屋の福祉住環境対策(1)」)の小林先生の授業。どちらも既成の教科書を使った授業だったが、どうしても教科書に目を落としがちになる。学生はもちろん下を向いたまま。読み上げる場合は当たり前だが、図版を見る場合もそうなる。教員が自分で図版を見ながら解説する場合は、ずーっと目を落としたままになる。学生が見てほしいところを見ているかどうかはその姿勢ではわからない。どこを見ていいのかわからない学生がいることもわからない。学生の理解度がはかれない(学生は熱心に教科書を見てはいたが)。これではまずい。  この授業のやり方では、国語の朗読授業のように文字(テキスト)が対象なだけの場合は、まだ何とかなるが、図版の場合には致...

校長の仕事 Part7 ― 授業を記録することの意義

 その後(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=183)のエンジンメンテナンス科の授業。  K先生とH先生のパワーポイントは格段に進歩した。K先生のパワーポイントは、単に画像が張られているだけではなく、そこに解説文字までが記入されている。そのうえ、実物(マスタシリンダ)が持ち込まれ、大きさの実感も手に取るようにわかる。よく実物以上のものはないと思いこんでいる教員がいるが、こうやって、画像、文字、実物と三つのメディアを教室で見るとそれぞれの長所・短所がよくわかる。画像や図像(絵)では〈仕組み(構造)〉がわかる。特に分解しづらい部品(や分解に時間のかかる部品)などの場合はそうだ。それに解説文字が加われば、その構造の〈機能〉や〈目的〉がわかる。ただし、画像と文字の最大の欠陥は、特には大きさがわからないということだ。寸法が入ったとしても、それをイメー...

校長の仕事 Part6 ― まだまだ授業がよくない

昨日(8月25日)は、3期の始まりの日。我が学園は教育改革以後、5期制を取っているため、8月25日が夏休み明けになる。初日だから、と思ってはりきって、授業をのぞいてみたら、まだまだ私の望み通りの授業にはなっていないいくつかの授業に出くわしてしまった。以下の授業評価は、学内のロータスノーツ「伝言板(掲示板)」に昨日UPしたものです。学内では実名で報告していますが、ここではとりあえずイニシャルで掲載します。...

返信: 校長の仕事 ― 引用とは何か?

だから(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=172)、他者の著作、論文、記事の「引用」をしたりして書く場合も、ほとんどの論文は、その引用の言葉だけの意味にこだわったりしているが、その引用をした書物、論文、記事全体の思想をつかむことなしに引用してもしようがない。 引用は、むしろ、その書物全体の思想が結集しているテキストを選んでこそ、引用である。つまり、〈引用〉は、著作の何らかの部分ではない。それは、その著作の魂であるような“ところ”なのである。著者の魂に触れないような引用は、すべてご都合主義的な、あるいは権威主義的な、取り上げる必要もない引用にすぎない。...

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