NHK朝ドラ「スカーレット」(2019)の主人公・川原喜美子(戸田恵梨香)は、昭和12年生まれ。私より17歳年上。

このドラマ、昭和の時代を辿る意味で、貴重な風物誌が展開するが、私の父親は昭和元年生まれ。敗戦時にはちょうど多感な青年だった。

戦争教育を受けて、占領軍の自由と平和の日本国憲法(歴史的には非軍事化の日本弱体化政策)という変遷を多感期に生きた父親は、一体その〈変化〉をどう思っていたのだろう。

父8歳で日本は国際連盟脱退。11歳で二・二六事件。15歳で大政翼賛会誕生。16歳で太平洋戦争開戦。父は、赤紙で召集されたが、出征の手前で終戦を迎え、戦争体験はない。

吉本隆明は大正13年生まれ。父の二つ上。要するに軍国青年という点では吉本と父は同じ時代を生きて、軍国教育と〝平和〟教育との矛盾を体験した世代。

なぜ、私は吉本の〈転向〉論には関心を強く寄せたのに、傍にいる父親に、その矛盾の襞を聞き返すことをしなかったのだろう。そもそも父親もそんなこと一度も私に語らなかったが。

逆に戦争体験のあった父を持つ家内は、逆に戦争体験話ばかりを聞かされて「またか」と耳タコ状態だったらしい。が、いずれにしても戦争体験のあるなしはどうでもよくて、価値観の大転換の体験が重要だったのだ。

私が高校3年の時に父は病気(急性白血病)で亡くなったが、私が吉本を『芸術的抵抗と挫折』で初めて知ったのは高校1年生の時。吉本の戦争体験を総括した高村光太郎論もその直後に読んでいたから、なぜ父に、彼の戦争〝体験〟の矛盾を聞かなかったのだろう。大事なことを何も話さずに、父は死んでしまったのか。

私は高市政権の思想を前にした日本のリベラリズムの敗北について、戦後思想の脆弱さを痛感しているが、吉本が高市政権をどう見るのか知りたくなったし、もっと父自身に多感期の矛盾の実体を聞き出しておくべきだったと思う。日本のリベラリズムは、自由(個人)を〈国家〉の反対語としてしか認識してこなかったのだ。

そんなことを昭和12年生まれの戸田恵梨香(スカーレット)を見ながらずっと考えていた。

●追補(「スカーレット」を見ながら書き留めておこうと思ったこと)

私は、電気冷蔵庫のない時代を知っている、
洗濯機のない時代を知っている、
電話のない時代を知っている、
テレビの前には観音扉が付いていた時代を知っている、
テレビを付けるとブラウン管が立ち上がって画面が見えるまで2分かかった時代を知っている、
水洗便所もトイレットペーパーもティッシュペーパーもない時代を知っている、
家に鍵をかけて出て行ったりしない時代を知っている、
検便をマッチ箱に入れて集めていた時代を知っている、
街にビルという建物が初めてできた時代を知っている、
レコードの針先がつま楊枝くらいの大きさだったのを知っている、
学校の教室のストーブがコークスを使用していたのを知っている、
ステレオが家具であった時代を知っている、
カラーテレビのない時代を知っている、
テレビを生放送で見逃したら、二度と見れない時代を知っている、
テレビの最大画面が36inchの時代を知っている、
その36inchテレビが100キロの重さで50万円もしたのを知っている、
名神高速道路(日本最初の高速道路)も、東名高速道路もない時代を知っている、
自動車の最高速度が100キロ前後にとどまる時代を知っている、
2リッターエンジンを搭載した自動車は大型免許を持っていないと運転できない時代を知っている、
自動車で走っているとドアが開いてしまって、車の外に落ちる人がいた時代を知っている、
峠のある数十キロ走ると必ずエンジンがオーバーヒートするか、バッテリーが上がってしまってエンジンの始動を手動でやっていた(クランクシャフトを手動で回す)時代を知っている、
舗装道路のなかった時代を知っている、
ナビが50万円もして、いつも道のない場処を指示したり、海の上を指示したりしていたのを知っている、
新幹線のない時代も知っている、
一般人が飛行機に乗れない時代を知っている、
大学進学率が20%の時代を知っている、
貼り箱入りの分厚い本が1000円以下の時代を知っている、
岩波文庫の★一つが50円であった時代を知っている、
ワープロが300万円する時代を知っている、
パソコンで漢字が出せない時代を知っている、
80MBのHDDが15万円もする時代を知っている、
インターネットやPDFのない時代の勉強や読書の仕方(文献カードの作り方)を知っている、
携帯電話番号がそのままメールアドレスの時代を知っている、
携帯電話の通話料金が10円で7秒しか話せなかった時代を知っている、
1ドル=360円の時代を知っている...
と、まあこういうことを昭和29年生まれの私が書き留めておくことも大切なことかと。父であれば、戦後を挟んで「教科書に墨を塗った時代を知っている」、「国家に対して手のひらを返すようにしてまったく反対の態度を取った国民と私(父)がいるのを知っている」と書いたのだろうか。