私が、ここ数日の拉致家族の言葉で印象に残っていること。それは蓮池父が、自分の子供が朝鮮で生まれたときに、長女に「重代」(存在感のある重みのある女の子になって欲しい)、長男に「克也」(複雑な時代に生まれて様々な難題に打ち克つ人間になって欲しい)と名付けていたことだ。呼び表すことも出来ない(いつ呼び表せるのかもしれない)名前を密かに(まさに超観念的に)付けたとき、蓮池父は、そのとき充分な思想家だった。

▲トップページへ戻る

感想欄

感想を書く

お名前(ペンネームでもOK):

メールアドレス(無記入でもOK):

ホームページのURL(無記入でもOK):

感想: