2003年「家内の症状報告」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat8/hamaenco-3-24.htmlから2009年の「家内の症状報告(131)」https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat8/130.htmlまで続いた「家内の症状報告」。今回、18年ぶりに「家内の症状報告」を更新します。家内はまだなんとか生きております。

●2月5日木曜日

家内が朝、私がトイレに起きたら、「入院します、病院の担当医にも連絡がついてそうすることになりました」と。

「入院した方がいいんじゃないの」と私が言うときは、「絶対、いや」という家内が、自分で「入院する」というのだから、結構重いなと思ったが、なにやら一ヶ月ほど前、背骨に細菌が入ったのが充分に殺せていなくての症状らしい。

持病(視神経脊髄炎)を抑えるクスリ(ユリトミリスという一回720万円ほどするクスリを2ヶ月に一回投薬しているが)がそもそも免疫を低下させるクスリなので、細菌感染しやすい体質になっているわけだ。だから沈静化していても、なかなか完全に治まらないのかも。

救急車でさっそく運んでもらって、セフトリアキソンという強い抗生物質をただいま点滴中とのこと。

症状が本来の持病(視神経脊髄炎)と似ているので(全身に力が入らない=立てない=足が動かない)、再発かと心配したが、背骨に細菌が入るのも、これはこれで大変な病気なので、結構、本人は狼狽していた。歳を取れば、特に持病があろうがなかろうが、こんなことはいつ起こってもおかしくはない。

朝から御殿山にサイレンの音が鳴り響いて、お騒がせしました。

ところで、毎日介護ヘルパーさんが朝、昼、晩と三回来てくださっていましたが、今日の昼からまったく来ないことになりました(当たり前のことですが)。私の家のゴミ出ししてくれる方、急募します!


●2月6日(金曜日)

なぜか家内は、救急車搬送入院の昨日に続き、MRIの検査漬け。今日は首(頚椎)、明日は脳、月曜日は胸。

これは、今回の化膿性脊髄炎によって、視神経脊髄炎の再発がどこかに起こっているのではないかという再発箇所(炎症箇所)の有無を問う検査。

まあ、視神経脊髄炎(2003年に発症した家内の持病)は、自己免疫疾患の一つなので(超専門的に言えば、その分類も間違っているが)、風邪でもなんでも細菌、ウイルスが悪さをすると、免疫機能が働きはじめ、もともとの脊髄の炎症(ミエリンの破壊)を再発させることになる。

だから、治療は基本的には、免疫機能を低下させて、どんな少しの病変にでも生じる免疫機能を抑制させることが重要になるが、これは、生体にとっては一つの矛盾。

視神経脊髄炎を抑えるには、他の病気になっては絶対いけないのだが(風邪さえも)、免疫抑制の薬を慢性的に使っているのだから、他のどんな病気にでもなる可能性があるからだ。

本体の視神経脊髄炎を抑えても、副作免疫低下の副作用として、他の病気を引き起こして死んでしまうこともあるし、そちらの死に方の方が多いのでは、この病気は。この間も膀胱炎でかなり苦しんでいたし。

今回使っているユリトリミスが今回の化膿性脊髄炎を招来したかもしれない。以前の薬(エンスプリング)は膀胱炎をしょっちゅう引き起こしていたし。原因は免疫低下(というのが私の見立て)。
※ちなみにユリトリミスは、2カ月で720万円、ひと月エンスプリングは150万円もかかる薬。

そういえば、10年以上前、「血管(動脈)の表在化」という外科手術をしたときも(おかげで家内の左手の腕は超危険なことにその皮下のすぐ下に動脈が走っている)、直後に大再発したが(それで致命的なほどに立てなくなった)、これも、外科手術をしたら、身体中の免疫がガンガン働きはじめ、ミエリンが自己免疫的に炎症を起こしたに違いない。

そもそもこの表在化は、血漿交換をしやすくするためだけの手段としての手術だったのだが(それまではそけい部の動脈から血漿交換をしていたが)、その手術後、一回も血漿交換などしなかった。

とんでもない勘違いの〝手術〟だったのだが、右往左往の難病患者の治療にこういう間違いはしょっちゅう起こっている。


●2月7日(土曜日)

一人暮らしというのは、怖い。強盗が入ってきたら、自分しか殺される人がいない。家内がいれば、家内が襲われているうちに逃げることもできるが(半分は冗談ということにしておこう)、一人だと戦うしかない。

ことっと音がするだけでびっくりするし、ドアの鍵をじっくり見つめることも増える。締めたかな、と。

あとは、どちらかが先に死ぬのだろうから、死んだ時の一人暮らしの訓練にもなるが、私の場合は、無性に掃除をしたくなる。なぜだかわからない。何でも捨てたくなる。なんでだろう。

ゴミ捨てを普段一切やらない私からすれば、自宅にゴミがあることだけでぞっとすることからも、自分しかそれをやらないことになるとなれば文字通り必死ということか。

それとも次の入院は私の番だと、身仕舞いのためにきれいにするのだろうか。

ボーヴォワールは、友人と喧嘩分かれしたり、恋人と分かれたりするのは、身内と死にわかれることの予備訓練だと言っていたが、どこかを探せばいるだろうという前者の別れと、死にわかれることとの、死に先の不在、不在の他者との別れを、同列に扱うボーヴォワールはやはりフランス人の軽薄さ(ローマ軍は格好よかったが)に通じている。

しかし、サルトルを見送ったボーヴォワールの死生観としてはわからなくはない。ボーヴォワールは、死を時間の経験、経験の時間性として捉えた訳だ。しかし、不在の死者との〝関係〟は、もはや〈関係〉ではない。

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