英語で論文を書く、英語で授業を行うという貧困について
東大の授業の英語化(東大大学院工学系研究科)が議論されているが、昔、柄谷行人が(日本語で思考することの不利がらみで)英語で書き始めたとき、吉本隆明が、ほんとに国際的な水準を有しているのなら、誰かがその論考を何語にでも訳してくれるさ、と揶揄していた。たしかに、フーコーと吉本隆明との画期的な対談を通訳していたのは、後に東大の総長にまで上り上がる蓮實重彦だった。...
東大の授業の英語化(東大大学院工学系研究科)が議論されているが、昔、柄谷行人が(日本語で思考することの不利がらみで)英語で書き始めたとき、吉本隆明が、ほんとに国際的な水準を有しているのなら、誰かがその論考を何語にでも訳してくれるさ、と揶揄していた。たしかに、フーコーと吉本隆明との画期的な対談を通訳していたのは、後に東大の総長にまで上り上がる蓮實重彦だった。...
たぶん、学校教育において、「多様性尊重」とか「個性を伸ばす」とか声高に叫んでいる人たちは、単に営業しているだけなのだ。そう言わないと集まってこない、教育できないマーケットを相手にしているに過ぎない。 本来は、好き嫌いと関係なく、学ばなくてはいけないことがたくさんある学校教育の課題を正面から見据えず、また見据えることができるほどの教員マネジメントのノウハウを持たないまま、そういった体のいい営業言葉を前面化しているだけのこと。 楽しく、主体的に学ぶことは重要なことだが、それは、学ぶべきことを学ぶプロセスの中でないと意味がない。...
死んだ人と、会わない人との違いはなんだろう。古い同級生などは消息不明だが、消息不明の人と死んだ人との違いはなんだろう。関心のない人と死んだ人との違いはなんだろう。アリストテレスに関心はあっても、会えなくて悲しいということはないし、親しい友人ほど会いたくないということもある。これらすべては、生死や実在とは何かという問題に関わっている。 動物も大概の場合、〝抵抗〟しない(反論しない)ことを思えば(動物も抵抗すると思う人は、大概の場合、自分の都合のいい抵抗をそう見なしているだけのこと)、死んでいるのと同じ。沈黙する恋人は、噛みつく犬より怖いに決まっている。 ヘーゲルもまた反抗するのが自意識をもった人間と動植物との違いだとどこかで書いていたが、死んだ(反抗しない)人間と動植物との違いはなんだろう。人は墓石に話しかけるように、犬に話しかけているとしたら。...
【はじめに】 授業の質向上への取り組みについて ― 授業情報をいかに共有するか 大学における「教育の質保証」ということについて、私たちは、「授業の質」向上を中核の課題として取り組みました。毎日通う教室の授業が理解できて、それが楽しくなければ、どんなにキャンパスライフが〝充実〟していても意味がないと考えたからです。 日本の大学生は入学時の学力(受験勉強で培った学力)がピークで、高い学費を払って学ぶ入学後の4年間の成長が見えないとよく言われますが、私たちは、この四年間での学習成果が見える大学教育を目指しました。 大学の授業には、参考書も塾も、家庭教師も予備校も存在していません。最高学府の大学には、高校までのような教科書もない。もちろん文科省による指導要領も存在していない。「教員資格免許」を持っているわけでもない。それもあって、同じ科目名であっても、大学の授業は、先生によって全然異なる内容の授業...