2004年10月30日 23:56
これからの専門学校
今日・明日は、わが東京工科専門学校(http://www.tera-house.ac.jp/index.html)の学園祭。車で今日都内を走っていてもたくさんの「学園祭」風景が飛び込んできた。以下は今日一日目の感想。 1)館内表示、教室案内、作品案内が杜撰 ①各階のエレベータを降りたスペースに表示板がない。だから何科のフロアなのか教室の中にはいるまでわからない。 ②さらにフロア内の教室の入り口に科や学年の表示板(案内)がない。教室の中に入って作品展示を見るまでは科、学年がわからない。 ③教室内の待機学生(作品の説明係)が貧弱。ひとりも学生のいない科がある(そちらの方が多かった)。その割に展示のない部屋にダラダラと学生がたむろしている光景を多数見た。 ④教室誘導が唯一優れていたのは3Dデザイン科(6階フロア)だったが、教室内が3D映像大画面投射を中心に構成されていたため教室内が暗く、少し排他...
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2004年10月26日 23:43
社会・政治・思想
,私の恩師
,著作・論文・講演関連
評論家風に言えば、私は、アルジェリア生まれのユダヤ人デリダは知性化されたレヴィナス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%82%B9 だと(今となっては)思っている。...
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2004年10月25日 13:58
日常
,社会・政治・思想
,自己ベスト
今日は久しぶりに朝礼の当番が回ってきました。話したことをメモにして残しておきました。以下はその簡単なメモです。文章にはなっていませんが、意味は分かると思います。...
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デリダ思想の原型をなす言語=記号論は以下のようなものです。 たとえば、〈言葉〉、あるいは〈記号〉というものは、それでもって〈意味されるもの(シニフィエ:所記)〉と「それでもって」の「それ」にあたる〈意味するもの(シニフィアン:能記)〉とに分かれます。〈犬〉という言葉自体はほえたりはしない。赤信号の赤そのものは、止まったり、歩いたりはしない。この場合のほえない〈犬〉、止まらない〈赤〉を〈意味するもの(シニフィアン:能記)〉といい、ほえる犬や止まれという命令を〈意味されるもの(シニフィエ:所記)〉と言います(そんなに簡単な話ではないのですが、デリダさえも時々こんな説明の仕方をするので私もここではそうしておきます)。とすると、能記と所記との間には、直接の関係がない。ほえる犬そのものを〈猫〉と呼んでもかまわないし、「止まれ」は別に〈緑(青)〉でもよかった。「ほえる犬」を「犬」と呼んだり、「止まれ」...
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2004年10月12日 23:31
社会・政治・思想
,私の恩師
当時はまだ日本の誰も注目していなかったデリダを『声と現象』の本邦初訳(1970年:原書は1967年刊)以来追跡してきた高橋允昭(のぶあき)先生にとって、70年代後半〜80年代全体を支配する世界的なデリダ“ブーム”の中でデリダが初来日した1983年は、先生の仕事全体にとっても頂点とも言える時期だった。「これがあのデリダの紹介者の高橋允昭か」と私は彼の初講義で神々しく見上げたことがある。「脱構築(だつこうちく)」という言葉、「差延(さえん)」という言葉をどこかで聞いた人は、みんな高橋先生のこの訳業の空気の中で息を吸っている。この訳語に対してその後、異を唱える人もたくさんいたが、それもこれも(いい意味でも悪い意味でも)デリダ=高橋「現象」の中でのことにすぎない。 熱気あるふれる早稲田でのデリダ 新しい思想の発見という仕事は、いつも後からしかわからないという意味で、1970年の孤独な仕事(訳業)が...
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2004年10月11日 22:27
社会・政治・思想
,私の恩師
私が、デリダの論文を最初に読んだのは、『竪坑とピラミッド』というヘーゲルの記号論を論じた論文。1973年『現代思想』創刊号(青土社)に収められていた(私は当時19才)。その時の私には、デリダよりもこの青土社の『現代思想』(http://www.seidosha.co.jp/genre/siso.html)の方が衝撃的だった。 当時、私が読んでいた思想誌は、岩波の『思想』(http://www.iwanami.co.jp/shiso/)、理想社の『理想』(http://www.washin.co.jp/honya/home/s_infos/650.html)、情況出版の『情況』(http://www.arsvi.com/0m/j.htm)、筑摩書房の『展望』(http://www.chikumashobo.co.jp/company.html)あたりだったが、この青土社の『現代思想』は、すで...
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2004年10月10日 23:50
社会・政治・思想
,私の恩師
デリダは1983年に初来日し、 10月24日:東京日仏会館『バベルの塔』 10月26日:早稲田大学文学部『私の立場』、東京日仏学院『掟の門前』 10月27日:東京大学文学部『大学の瞳=被後見人』 10月28日:福岡日仏学院『掟の門前』 10月29日〜11月1日:京都日仏学院『時間を与える』 11月2日:東北大学文学部『哲学を教えること』 と精力的に講演をし続けた。私がデリダに高橋先生と一緒に同行したのは、東京日仏会館(24日、26日)、東大(27日)、京都日仏学院(29日〜11月1日)の三箇所(もちろん母校の26日早稲田を入れれば四箇所)だったが、以下はその10月26日の早稲田大学においての質疑応答の私の質問部分に彼がこたえた部分です。その質問会場になった、人だかりの熱気あふれる早稲田大学文学部2階の会議室の風景写真を添付します。 芦田:あなたは、ヘーゲルの記号論でのル-プレザンタシオン〔...
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2004年10月10日 23:38
社会・政治・思想
,著作・論文・講演関連
デリダ(http://www.asahi.com/obituaries/update/1010/001.html)が死んだというのを(http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__yomiuri_20041009i513.htm)、私の大学時代(立正大学で教えていた頃)の教え子から早朝メール(先生、9日夜にデリダが亡くなりましたね。74歳。まだ若いです。膵臓がんだそうです。(仏語のソースを読んだだけなので、間違えていたらすみません)。〈脱構築〉の概念を最初に教わったのは、芦田先生の授業だったかと思います。デリダのテクストは難解でした… )が来て知った。...
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2004年10月10日 06:52
社会・政治・思想
デリダが死んだ(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041010-00000001-mai-peo)。ちょっと動揺しています。 何か書いてみようと思います。...
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2004年10月 9日 19:03
社会・政治・思想
台風がやってくる。交通機関が途絶えたり、大渋滞が起こったり、小事件は絶えない。駅や空港で足止めされ、掲示板にじっと見入る人たち、水陸両用車のように走り続けようとしている車、「オレンジの河」のような渋滞路、そういった風景がテレビに映し出されるたびに思うことがある。高校生か20前後の若いカップルの、初めてのデートの日が今日の台風の日に重なり、家族に「なんでこんな台風の日に外出するのよ?」と言われながら、たしかに、と心の中では思いつつも、わけのわからない理由をつけて家を飛び出てほっとしている若者たちがきっといるに違いない。家を出るには出たが、デート先で帰る電車がない。渋滞して(あるいは通行禁止で)、“門限”が迫る。土砂降りの雨や強い風、暗闇の殺気など全く気にならないくらいに心は熱いのに、急に不良になったような罪悪感が全身を襲う。今日もどれだけの若い恋人たちが、胸騒ぎの家族脱出、胸騒ぎの帰路を体験...
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